弁財天

七福神唯一の女神、弁財天のルーツはヒンズー教で水と豊穣の女神「サラスバティー」。音楽神、福徳神、学芸神の性格に加え、戦勝神として悪神を退治する戦いの神様でもある。
「サラスヴァティー」の漢訳は「弁才天」であるが、日本では財宝神としての側面に信仰が集まり「弁財天」とされた。

ご利益

・技芸上達 ・学業成就 ・縁結び ・金運・財運向上 など

御座所

本町自治会館
相模原市中央区上溝6-2-11

弁財天 本町自治会
弁財天

周辺MAP

弁財天 本町自治会周辺

上溝不動成田山(溝中山 常宿寺)の歴史

現在、上溝不動成田山および大鷲神社が祀られているこの地には、かつて常宿寺と言う寺があった。常宿寺は曹洞宗寺院秀珍山宝光寺(上溝)の末寺。現在は廃寺。

常宿寺の山号は溝中山。寛永二年(1625年)三月十五日に建立。境内には秋葉神社があった。秋葉神社は元和年間(1615年~1624年)に建立された後、明治の終わり頃、商業の発展を祈念し現在の大鷲神社となったとされている。御祭神は大鳥祖神/日本武尊であるが、かつての名残(火防守護の秋葉神社)からカラス天狗が祀られている。

明治44年(1911年)、旧鳩川農業学校(現在の神奈川県立上溝高等学校)が設立された当時、常宿寺の本堂が校舎として使用された。

現在常宿寺の名前は愛知県一宮市に現存。以下、待鳳山 常宿寺の歴史より抜粋
≪大正14年(1925年)頃。当時新寺の建立が認められず、縁あって神奈川県高座郡上寺尾の寶光寺末寺で廃寺となっていた溝中山常宿寺の寺号を移転の形にて譲り受け、曹洞宗寺院として発足した。≫

上溝不動成田山は明治8年(1875年)に成田山の分社としてこの跡地に発足。地元自治会法人本町自治会によって保存されており、現在は上溝商店街振興組合とともに管理が行われている。

現存する掛け軸に、成田山第十三世貫首原口照輪上人の名と開眼が残されている。その後、昭和51年(1976年)に100年祭が行われ、その節目となる開眼もなされている。

現在も地元の無病息災、災難厄除、商売繁盛を祈念する成田山の窓口とされ、全国の成田山同様、毎月28日が御開帳日となる。自治会法人本町自治会、上溝商店街振興組合が中心となって、だるま市、七福神などの祭事も行われている。

鰐口半鐘には文政十三年(1830年)十一月吉日、大鈴には弘化三年(1846年)正月吉日と刻印されており、その歴史の古さを物語っている。

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